Withnews 6/30(水) 19:00
新型コロナ禍をきっかけに、ヨーグルトがよく売れているそうです。「免疫力」を高めたい人が購入しているんですって。でもSNSなどを見ると、「エビデンス(根拠)は?」「そもそも免疫力って医学用語?」などのツッコミも。
一方、コロナが不安な中で「もし、食べ物で怖い病気を防げるなら嬉しい」と思う気持ちも、わかります。この問題、どう考えたらいいのでしょうか?(医療ジャーナリスト・市川衛)
コロナでヨーグルトが売上アップ?
この連載の編集者さんが、昨年末の興味深いニュースを教えてくれました。 ヨーグルト コロナ禍で転換 進撃する3千億市場 キーワードは“免疫”“健康” (食品新聞 2020年12月12日) https://shokuhin.net/38257/2020/12/12/topnews/ 近年、売り上げが減り続けていたヨーグルト。それが2020年は前年比104%と好調だったそうです。記事はその背景を、下記のように解説しています。 >新型コロナウイルス感染症の拡大で注目が高まった「免疫」「健康」をキーワードとする機能性ヨーグルトの牽引でプラス基調に転じた形。「免疫」をキーワードとする機能性ヨーグルトは例年、インフルエンザ流行期に伸長するが、今シーズンは新型コロナ対策もあるため、例年にも増して需要増が見込まれそうだ。 なるほど。たしかに、ヨーグルトって「免疫力」を高めてくれそうなイメージがありますよね。 株式会社QLifeが昨年9月、全国の男女1400人を対象にアンケートを行ったところ「あなたが免疫力を高めるために摂取している食べ物」として圧倒的に多かったのがヨーグルトで、その割合は54.3%にのぼっていました(2位はバナナで26.3%)。「免疫力と言えばヨーグルト」というイメージは広く共有されているようです。 しかし、こういうニュースや調査を見ると、私の中の #健康警察 が騒ぎ出します。脳裏に浮かぶのは「エビデンスは?」「メカニズムは確かめられている?」「そもそも免疫力ってなんのこと?」などの疑問やツッコミばかり。ざわ……ざわ……。
医学用語ではない「免疫力」
新型コロナの影響が長引く中で、よく聞くようになった「免疫」という言葉。ざっくり言えば「ウイルスなど異物を排除し、自分の体を守る仕組み」を表します。しかし「免疫力」という言葉は、免疫学の教科書などにも出てきませんし、一般的に、正式な医学用語として認められてはいません。 その理由は、一言で言えば「免疫」というのがすごく複雑な仕組みであること。「どういう状態が『強く』って、どういう状態が『弱い』と言えるのか?」とか、「免疫の働きがどういう状態だったら体にとってベストなのか?」ということについても、簡単に決めることができないんです。 たとえば、免疫が特定の物質を排除しようとする反応がすごく強い状態を考えてみます。これは「免疫力が強い」状態と言えそうですが、しかし、体にとっては悪い状態です。 「食物アレルギー」はその一例で、特定の食べ物の成分を排除しようとする反応が激しすぎるために、全身に炎症などが発生します。その結果、ときに命を落とすほどの影響が出てしまうこともあります。 というわけで、「ヨーグルトで免疫力が高まるの?」という質問に答えるならば、「そもそも免疫力という言葉の定義自体があやふやで、質問が成り立っていない」という回答が現時点ではおそらく、最も誠実だろうと思います。 さらに一歩踏み込んで、「ヨーグルトで新型コロナウイルス感染症が予防できるの?」と聞かれれば、少なくともそれを示したデータはありませんし、個人的にはおそらく難しいと思っています。 というわけで、私の中の #健康警察 はこのように申しております。 「おわかり? ヨーグルトで『免疫力』なんて期待すること自体がケシカランのですよ!」 なんとも鼻持ちならない感じ。しかし一瞬でも「脳裏にそんな想いがよぎらなかったか?」と問われれば、正直、否定する自信がありません。
「食品に期待する」のはケシカラン?
私は「 #健康警察 の高まりを感じたら、いちど立ち止まって考えてみる」ことにしています。そこで改めて自らに問いかけます。 「もしヨーグルトに免疫力を高める効果がないとしても、それを期待することはケシカランのか?」 色々と調べてみると、まず、健康不安を抑えるために「食品に期待する」のは、日本に限らない行動であることがわかりました。例えば昨年9月に、トルコの研究者たちが発表した論文です。 トルコに住む人1012人にオンラインでアンケートをとり、新型コロナへの不安の強さと、特定の食べ物の消費量との関係を調べました。結果として、新型コロナへの不安が強い人であればあるほど、ヨーグルトの消費量が多くなる、ということがわかりました。 トルコと言えば、ヨーグルトの発祥の地という説もある国で、年間の消費量も世界で上位です。したがって、日本と直接比べるのは難しいですが、消費量が上がった背景には、やはり「不安の中で、自らを健康に保っておきたいという気持ち」があるのかもしれません。 例えば医療・介護関係者を始め、駅員さんやスーパーの店員さんなど、感染拡大中でもテレワークが難しい人もいます。不安の中、それでも職場に出かけていかなければいけない。そんな人が朝ご飯に、そっと「免疫力を高める」ヨーグルトを添えていたとして、その行動は、批判されるべきものなのでしょうか。 今回の新型コロナは、日本のみならず世界の市民にとって未経験の事態と言っていってよいでしょう。不安ばかりが高まる中で、何でもいいから安心につながる「おまじない」が欲しくなる気持ちって、誰にでもありますよね。 そもそも医学には「プラセボ(偽薬)効果」という概念もあります。人は、たとえ単なる小麦粉だとしても、それを「すごく効く薬だ」と信じ込んで飲むと、本当に体調が良くなることがあります。 メカニズムはわかってはいませんが、「これで大丈夫」と安心してストレスが減ったり、食欲が戻ったりして良い影響があるのかもしれません。ヨーグルトも、それを信じて食べることで、(新型コロナの感染を食い止める実際の効果はなかったとしても)体調がよくなったり、精神的な安定につながったりするような効果がないとも言い切れない面があるのです。 でも難しいのは、ヨーグルトの効果を期待する気持ちが高まりすぎて、常識的な量を超えて食べるようになったり、「ヨーグルト以外は食べられない!」という気持ちになったりしたら困るということです。栄養バランスが偏ってしまい、それこそ体を守る免疫の働きが弱まってしまうかもしれません。 冗談のようにも聞こえますが、「健康によいとされる食品ばかり食べるようになった結果、健康を崩してしまう」ケースは、ここ10年ほどで医学誌に多く報告されるようになっています。 病気の名前として正式に認められたものではないのですが、俗に「オルトレキシア(良い食欲、というギリシャ語が語源)」と呼ばれています。1996年にアメリカのスティーブン・ブラットマン医師が名づけたとされており、「健康的な食べ物に、不健康なほどの執着を示す状態」を指します。 有名になった例として、アメリカの人気ブロガーであるジョーダン・ヤンガーさんのケースがあります。ヤンガーさんはいわゆるビーガン(菜食主義者)としての生活を『The Blonde Vegan』と題したブログで綴り、多くのファンを得ていました。 しかし重度の腹痛に悩まされるなど生活に問題を抱えるようになり、厳格な菜食主義からバランスの取れた食生活に変えたところ体調は改善。現在はブログのタイトルも『The Balanced Blonde』に改名して活動を続けています。
「おまじないだっていいじゃない」
いわば「おまじない」のように、「特定の食べ物を摂って、病気を防げたらいいな」と期待したくなる気持ちは、誰にでもある自然なもの。ケシカランと一刀両断にしていいものでもなさそうです。 一方で極端に食べ過ぎたりすれば健康を崩す場合もありますし、いわゆる「健康食品」と呼ばれるものの中には、健康被害が報じられたりするものもあります。よくよく考えていくと、意外と難しい問題ですね。 もし「許容できるおまじない」と、「できないおまじない」があるとすれば、その線引きはどこにあるのか。筆者の中では明確で、「それを信じることで、害があるかどうか」だと思っています。 たとえば、(1)健康に対する被害がある、(2)多額の金銭を必要とする、(3)標準的な治療を受ける機会を奪う、(4)誰かを差別することにつながる、などの要素を含むものは、「おまじないだから」といっておおらかに受け入れられるものではありません。 特に「(食品名)さえ食べればダイエット」と夢のような効果を謳っていたり、あまりに高額な値段がついていたりするものには要注意。いわゆる健康食品などに「病気を防ぐ」といった効果があると誤解させる宣伝・広告は、薬機法などの法律でも厳重に禁止されています。 そうではない場合、例えば「『免疫力』を目指してヨーグルト」は多額のお金がかかるわけではありませんし、常識的な量を食べる限り、健康に対する害もなさそうです。だったら、不安ばかりなこの日常に向きあうための「おまじない」として、取り入れてもいいかなあ。 「食品で免疫力なんて、ケシカラン!」と騒いでいた私の中の #健康警察 は、そんな小1時間の内省を経て、ざわ……ざわ……することを止めたようです。 そういえば思い返すと、私ずいぶんヨーグルト食べてなかったな……。明日の朝食のトーストの横に、ちょっと果物と一緒に添えてみようと思います。
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2021/07/12
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